伊達判決を生かす会


砂川の基地反対闘争からはや半世紀。
その事件判決には裏があった。
そこに生きた証人の戦いが半世紀を過ぎてた今も繰り広げられる。

1.1月30日 最高裁に司法行政文書の開示を申し出
2.司法行政文書開示申出書
3.添付資料
 
1.1月30日 最高裁に司法行政文書の開示を申し出
  伊達判決を生かす会

 当時1959年の最高裁長官で砂川事件の跳躍上告審の大法廷で裁判長を務めた田中耕太郎は、1959年の3月30日に東京地裁で下された「日米安保条約の基づく米軍の日本駐留はは憲法9条に違反する。したがって条約に基づく日米行政協定・刑事特別措置法の違反行為は無罪」という伊達秋雄裁判長の判決を、アメリカ大使マッカーサーの藤山外相への示唆に基づき跳躍上告されたのを受けて、異例のスピード審理で「1審破棄、差戻し」の判決を同年12月17日に下しました。田中が跳躍上告を受けて判決を下す間に、事もあろうに、何回かにわたって、田中がマ大使と接触し審理の状況を報告していたことを米国務省に報告するマ大使の公式書簡が発見されました。
私たち伊達判決を生かす会は、当時の田中長官についてのこの裁判にかかわる行政文書を中心に他の関係文書・記録の開示を、この1月30日に最高裁に対して申し出ました。当日は、坂田、土屋元被告・会の両共同代表、申出代理人の吉永満夫弁護士をはじめ、申出人や支援する会員20人が、参議院会館での集まりの後に、参考裁判所の正面玄関から入り、2人の最高裁秘書課の係員に申出書を提出しました。書面を受け取った係員は「規則により30日以内に開示申出に対しての回答をする。もしそれまでに回答できない場合はその理由を付して回答延期の文書を、吉永弁護士に送付する」という事を述べて、受け取りました。
会では、その回答を待ちながら、田中裁判長が不法・・不公平・な言動のもとに下された判決の不当性を、今明らかにするための法的措置も含めた運動を続ける予定です。

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最高裁に行政文書の開示を求める!
最高裁は自らの「不当な砂川事件裁判」と「司法権の独立放棄」の歴史を明らかにせよ
<田中長官が裁判中にアメリカ大使に審理の経過を報告>
<正当性を問われる最高裁判決(砂川事件)と田中長官>
<最高裁は関係記録を明らかにせよ>
<最高裁に開示を求める記録文書>

<田中長官が裁判中にアメリカ大使に審理の経過を報告>
 裁判官が自分の関係する裁判案件について守秘義務を負っているのは、裁判所法75条の定めを待つことなく、裁判の公正を保つために絶対に必要なことである。ところが、田中耕太郎最高裁長官(第2代長官1950年〜60年在任)が、「日米安保条約に基づく駐留米軍は違憲の存在」とした砂川事件*別添資料U・伊達判決(1959年3月30日東京地裁)*別添資料Xの跳躍上告審で、自ら大法廷の裁判長を務め1審破棄の判決(同年12月16日)*別添資料Xを下すまでの数ヶ月間に、マッカーサー駐日アメリカ大使と数回会い、この裁判についての判決の時期や自分の裁判方針、他の担当裁判官のいくつかの視点などをマ大使に報告していた事実が、2008年に新原昭治氏(国際問題研究家)と2011年秋に末浪靖司氏(ジャーナリスト)によって米国公文書館から発見されたマ大使の国務省宛の秘密報告書簡(電報や航空書簡)*T申立文書資料@〜Gで明らかになった。
 発見された書簡には、砂川事件裁判に関する藤山外相との密談(伊達判決が出た翌3月31日早朝に「跳躍上告」を大使が外相に示唆した密会など)や政府・自民党の動向、審理の中で検察側弁論に必要な米軍各部隊の行動範囲についての問合せ*T申立文書資料などともに、4通の田中最高裁長官に関する密会、最高裁審理状況の報告と評価を述べた報告がある。それらは、4月24日電報2019(4月22日跳躍上告直後に田中がマ大使に「本件には審理の優先権があるが判決には数ヶ月はかかる」と語った事実の報告)*T申立文書資料@〜A、8月3日航空書簡G−73(1991年12月20日に安全保障上の理由で公開禁止処分にされた*T申立文書資料DEため内容は不明であるが、他の2通には本書簡が参照書簡と記されており、8月3日に最高裁の公判期日が9月中に集中して6回と決定されていること*資料Xから、田中がマ大使に伝えた早期結審予定の報告とが含まれると推測される)、11月5日航空書簡G−230(田中が判決の時期、審理に臨んでいる各裁判官の審理のスタンス、審理結果の予測を大使に報告)*T申立文書資料FG、12月17日電報1921(15人裁判官の全員一致の原審破棄判決の報告と、田中に対する賛辞)*T申立文書資料DEである。この4通から、田中が跳躍上告から最高裁判決までに、少なくとも4月22日か23日、8月3日の1〜2日前、11月5日の1〜2日前の3回はマ大使と会い、絶対に漏らしてはならない係争中の裁判に関する重要な情報を報告したという田中長官自身の違法行為・司法界の倫理違反の事実が明らかになった。さらに、マ大使は、田中判決が出された翌日12月17日には「この判決は田中裁判長のすばらしい手腕と政治力に負う」と事前の裁判進行に関する情報提供を受けていなければ述べられない田中の訴訟指揮・政治力を賞賛する報告を本国に電報で伝えている。*T申立文書資料BC
 また、この最高裁裁判は、一審・伊達判決(3月30日)の直後マ大使が藤山外相に示唆した*別添資料T電報番号1969通り跳躍上告され(4月3日)、当初の小法廷審理から田中長官自身が裁判長を務める大法廷に移され(6月12日)、12月16日に判決が出されるという異例の速さで進められた。*別添資料V 1959年は、日米安保条約改定に向けた事前の秘密協議がマ大使と藤山外相との間で正式に行われており、3月30日の一審・伊達判決がこの協議の両国当事者(マ大使、藤山外相)に協議進展に大きな障害となるかもしれないという大きな衝撃を与えたことが、外務省の極秘の公式協議議事録*別添資料Yにも記録されている。しかし、田中裁判長が採った跳躍上告審について9月に6回の集中審理を行うなどの迅速で強引な運営と1審破棄の判決は、安保条約改定の調印を両政府が予定した翌1960年1月19日に可能にさせることに貢献をした。
 
<正当性を問われる最高裁判決(砂川事件)と田中長官>
 また、この田中最高裁判決は、「安保条約・日米行政協定に基づく駐留米軍の存在は、憲法9条に違反する」とした伊達判決に対し、最高裁判決は「安保条約・日米行政協定は違憲とはいえない」とした上で、「安保条約のような重要な外交条約が違憲であるか否かの判断は司法審査権の範囲の外にあり、第一義的に内閣・国会の判断に委ねられる」とする「統治行為論」という司法の政治への従属の論理を創り出し、これ以降の司法の憲法判断権を著しく低下させ、司法の政治への従属化をもたらせた、司法史上の重要な判決となった。
 自ら法を侵してアメリカ大使と通じ、今日の日米関係の基礎となっている1960年の日米安保条約改定・地位協定締結を司法の面から促進し、統治行為論を定着させた砂川事件裁判長であった田中第2代最高裁長官が、もし現役であれば当然弾劾の対象となり、彼の行った裁判の正当性・有効性が問われることになったであろう。

<最高裁は関係記録を明らかにせよ> 
 三権分立の中の司法権のトップである最高裁で、田中耕太郎氏は第二代長官として10年間その任に当たり、その終わりの時期に砂川事件裁判を担当し、今日にまで影響する重要な判例となる最高裁判決を出したのである。しかし、田中長官がこの判決を出すに当たって、マ大使と密会し審理状況などを報告していた事実、審理に入る前から判決にいたるまで一貫して憲法や法に基づかない政治的予見で審理に当たっていた事実が、アメリカ公文書館から発見された文書で明らかになった今日、最高裁自身が、第二代長官田中氏の司法のトップとして砂川事件裁判に関する不法・不当な言動や公判への対応を記録する行政文書・記録を明らかにし、田中氏の遺した司法の政治への従属姿勢を払拭するか払拭しようとしている現状を国民に示すことが、民主主義制度下の開かれた最高裁の存在のために、必要ではないであろうか。
したがって、われわれ伊達判決を生かす会*別添資料Wは、新たなアメリカ公文書の発見を契機に、砂川裁判に関する田中氏の言動と最高裁の当時と現在の運営に関する行政関係の記録、資料などを具体的に指示してその開示を求める。最高裁が、司法権のトップであるが故に、国民からの文書開示請求に対し「不開示」回答や無視に対して異議申立機関がないことに胡坐をかいて、2009年3月と5月にわれわれが行った開示請求に対する一片の「不開示」回答*別添資料Wで済ますことなく、外務省、東京地検と同じように、相当古い資料・記録であっても保存保管してある(あるべき)記録・資料をしっかり調査をして開示するよう強く求める。

<最高裁に開示を求める記録文書>
われわれがあらためて開示を求める最高裁の行政文書は、次の資料・記録である。
(1) マ大使の報告に見られるマ大使と田中長官が会談した1959年4月24日、8月5日、11月5日前後の会談に関する記録文書
(2) 最高裁裁判官会議の一般的開催状況と開催に関する規定など。とくに、1959年3月30日以降12月16日までの期間に有効であった規定など。
(3) 現在と、59年4月から12月までの最高裁裁判官会議の議事録。
(4) 現在と、59年4月から12月までの期間に有効であった最高裁大法廷の裁判官会議開催の規定など
(5) 現在と、59年4月から12月までの期間に有効であった最高裁長官の業務日誌作成方法・基準。
(6) 現在と、59年4月から12月までの期間に有効であった最高裁長官の公用車の運転日報の作成方法・基準。
(7) 田中長官の1959年4月24日、8月5日、11月5日前後の裁判所外での業務に関する記録。
(8) 田中長官の最高裁長官在任期間中の裁判官会議などでの日米安保条約・米軍基地反対闘争・伊達判決などについての発言や、長官としての挨拶・訓示など。
(9) 文書管理に関する文書
である。これらの文書・記録が「不開示」とされるべき理由は全く考えられない。
2013年1月30日
伊達判決を生かす会
*注
T<申出書資料>
@電報番号「2200・4月24日午後4時」とする電報電文
(新原昭治・布川玲子「砂川事件「伊達判決」に関する米政府解禁文書(原文と翻訳)」(山梨学院大学『法学論集』64号・2010年1月187ページ)
Aその翻訳文(同上165ページ)
B電報番号「1921・1959年12月17日午後6時」の電報電文(末浪発見文書コピー)
Cその翻訳文
D航空書簡「G−73」に関する「文書抜き取り通知書・1991年12月20日」(末浪発見文書コピー)
Eその翻訳文
F航空書簡「G−230・1959年11月5日」
Gその翻訳文

<別添資料T>新原昭治・布川玲子「砂川事件「伊達判決」に関する米政府解禁文書(原文と翻訳)」(山梨学院大学『法学論集』64号・2010年1月)の1959年3月31日173ページ198ページ・電報番号1969・3月31日午後2時
<別添資料U> 砂川事件とは(会作成)
<別紙資料V> 砂川事件跳躍上告公判経過とマ大使報告文書(会作成) 
<別紙資料W> 伊達判決を生かす会の文書開示請求の経過(会作成)
<別添資料X> CD-ROM「砂川事件刑事訴訟(公判)記録」(会作成)
   ◆刑事訴訟記録第14冊ページ番号3063「公判記録指定書」
◆東京地裁(伊達)判決文・最高裁判決文は、第22冊所収
◆田中耕太郎・伊達秋雄プロフィルは、付録−「記録のあらまし」の中にあり。
<別添資料Y> 外務省平成22年度外交記録公開(1)CD-ROM所収
    0611-2010-0791-03「日米安保条約の改正に関わる経緯B1959年3月下旬より5月初旬に至る経緯」中の「4月1日会議録、4月2日会議録、5月2日会議録」に砂川事件裁判に関するマ大使、藤山外相の言及が見られる。


(「最高裁は明らかにせよ」のPDFはこちら)


 
2.司法行政文書開示申出書


(「司法行政文書開示申出書」のPDFはこちら)

 
3.添付資料


(「添付資料」のPDFはこちら)


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